コロンビアで内戦終結?政府軍と革命軍が和平署名。コロンビアってどんなところ?

<2016年10月3日追記>

なんと和平合意が国民投票の結果否決。和平署名はしているので、今すぐ何かが発生するというわけではなさそうですが、和平条件を見直すことになりそうです。
ゲリラの処罰が原因だったようです。罪を認めれば刑務所に入ることなくボランティア活動に従事するだけで罪が許されるのは優しすぎだという意見が多かったようです。

 

2016年9月26日、コロンビア政府と左翼ゲリラFARCが和平署名をし、50年にもわたる内戦に終止符が打たれました。

10月2日には、国民による合意に関する国民選挙が行われますが、世論調査によると通過する見込みが高く、中南米で最も長く続いた武装闘争の終わりが見えてきました。

 

コロンビアってどこにあるの?なんで争っていたの?を簡単にわかりやすく解説したいと思います。

 

 

コロンビアってどんな国?

まずコロンビアの場所ですが、中南米から南米に入る入口部分に位置しています。

地図でいうとこんなところ。

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中南米においては、ブラジルとメキシコについで3番目に人口の多い国です。コロンビアコーヒーというのが有名ですが、他にもエメラルドやバラの産地として有名です。

コロンビア、という国名はここを発見したクリストファー・コロンブス(クリストーバル・コロン)から来ています。

コロンブスはスペイン人、それから多くの移住者が住み始めたので、この国の共通語はスペイン語です。

 

自然が多く、また昔ながらの建造物などもあるため、観光地としても有名。

要塞都市カルタヘナの名前は聞いたことがあるのではないでしょうか。

(カルタヘナはスペインにもあります。ご注意を)

観光の中心地 カルタヘナ

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引用元:wikipedia

世界遺産にも指定されている歴史的な街。コロンビアを代表する観光地でもあります。

16世紀、インカ帝国を滅ぼしたスペイン軍はここを拠点に金銀財宝を本国へ持って帰ります。そして、奴隷貿易や北中南米とヨーロッパをつなぐ一大港町として17~18世紀に繁栄の絶頂期を迎えます。その後、カルタヘナは長い独立戦争を戦い抜き、大コロンビアの元カルタヘナは独立を勝ち得ました。

そんな繁栄と独立の街カルタヘナ、旧市街は可愛らしい街並みで歩いているだけで、楽しい街です。

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塩の大聖堂 シパキラ

首都ボゴダの郊外、車で約1時間半のところにあるシパキラに塩で出来た大聖堂があります。

少し話がそれますが、大聖堂の正式な定義をご存知ですか?

Cathedralを正式に翻訳すると司教座となります。司教がいる教会となります。

一般的な普通の教会には神父さんがいます。それぞれの教会が教区と呼ばれるエリアを担当していて、その上にいるのが司教さん。

わかりやすくお店で例えると、小さな支店を束ねるエリアマネージャーがいる店舗のことを司教座=大聖堂と呼ぶんですね。

 

話を戻して、塩の大聖堂の紹介ですが写真を見ていただくのが一番わかりやすいですね。

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写真の下の部分に小さく写っているのが、人です。これだけでスケールの大きさが伝わるのではないでしょうか。

途中の部分。

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ここはかつて塩鉱山でした。落盤事故など危険な場所だったので、教会を作って神に祈りを捧げました。

鉱山なだけあって、中は非常に入り組んでいます。まるでダンジョンを探索しているような体験ができます。

 

パステルな村『グアタペ』と『奇岩』ラ・ピエドラ・デル・ペニョール

第2の都市メデジンからグアタペ行きのバスに乗ると途中にラ・ピエドラ・デル・ペニョールがあります。せっかく足を延ばすなら両方訪れて見てほしいところです。

グアタペは街全体がパステルカラーで彩られた小さな街です。

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いわゆるイメージする中南米の街って風景ですよね。

ラ・ピエドラ・デル・ペニョールはこんな姿

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靴紐のように見える白い部分は、階段です。頑張って、上まで登ることができます。非常に狭いところを700段も登らないといけないので、閉所恐怖症な方や、恰幅が良すぎる方はおすすめしません。しかし、頂上からのビューは素晴らしいです。

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さて、観光案内はこれくらいにして今回の和平について解説します。

 

なんで政府と左翼ゲリラは争っていたの?

この内戦はなかなか複雑なので、できる限りわかりやすく説明しますが、もしより詳しく知りたい方はご自身で調べてみてくださいね!

 

①かつて、スペインの植民地だったこの辺りの国は大コロンビアとして独立を勝ち得ました。現在のコロンビア、エクアドル、ベネズエラ、パナマ全域とブラジルやガイアナ、ペルーの一部も含まれています。その後、分裂し今のような国々に別れました。

②コロンビアは民主主義国家になり、商人や職人、新興ブルジョワや農家が支持する自由党貴族や大地主、教会が支持する保守党の2大政党が争います。

③政権の奪い合い。純粋な選挙戦なら問題はないのですが、お互いがお互いを激しく攻撃。物理的に。途中独裁政権が生まれたり、それを倒したり、激しい時間が続く。

④共倒れしたらまずいということで、自由党保守党が手を結ぶ。お互い順番に政権を担うという『たらいまわし連立』を組む。

それはおかしいだろう!という特に力が弱かった農家が憤慨。
ちょうどキューバ革命が起こった頃で、その影響を受けて弱い立場から搾取する権力者や貴族を追い出せ!社会主義を目指せ!という活動が激化コロンビア革命軍(FARC)の誕生。

⑥一部の権力者の間で、政権をたらいまわし、どんどん政府は腐敗。
そしてコロンビア革命軍(FARC)は活動費を稼ぐために麻薬を生産したり、要人を誘拐したり、どんどん危険に。

⑦政府と革命軍は癒着したり、潰し合いしたり、大混乱。
革命軍が和平交渉担当の上院議員を誘拐。それに怒った政府が一気に軍を送り混む。
なんと2008年には革命軍は核爆弾の原料ウランを手に入れたことも。

革命軍のトップが軍によって倒されたり、麻薬生産に対しての国際世界からの強い非難などがあり、今年の6月に一旦の停戦合意。そして、今回の和平署名で長い内戦状態の終了へ。

 

コロンビアって危ないの?

こんな話を聞くと、コロンビアって怖い。行きたくない。って思われるかもしれませんね。確かに事件が多く治安がいいわけではありません。

しかし、ここ数年で少しずつ治安が良くなっているのは事実です。また今回の和平署名でさらに治安は改善していくことでしょう。

そして、とてもとても意外なことに2016年度コロンビアの世界幸福度ランキングは『世界1位』!!!人々は幸福に過ごしているのです。

 

ぜひ機会があれば訪れてみてはいかがでしょうか。

 

 

ポーラースター ゲバラ覚醒

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