書評『陸王』池井戸潤 心踊る感動名作!だけどちょっと怖いな。

陸王

池井戸潤の最新作『陸王』を読了。

感想を書いていきます。

実は現在一時帰国中。早速本屋へ行き、いろいろな本を買ってきました。

まずは池井戸潤の陸王から紹介していきます。

あらすじ

足袋作りの老舗「こはぜ屋」の4代目社長宮沢は日々の資金繰りに苦しんでいた。大口の取引も減少したことで、会社存続のため新規事業を立ち上げを模索する。

メインバンクの担当銀行員坂本のアドバイスや紹介を経て「裸足感覚」のランニングシューズの開発を決断するが目の前には様々な問題が。

暗中模索しながら情熱を燃やし突き進む宮沢の姿に就職活動がうまくいかない息子は何を思うのか。

世界的スポーツブランドとの熾烈な競争、資金難、素材探し、開発力不足。
従業員20名の地方零細企業が伝統と情熱の物語。

感想と魅力的な登場人物

いやー、さすが池井戸潤。読ませる読ませる。

中小企業の話を書かせたらこの人に勝る人はいないですね。

 

物語は3人の人物を中心に話が進んでいきます。

「こはぜ屋」4代目社長宮沢紘一と息子宮沢大地
そしてマラソンランナーの茂木裕人の3人です。

宮沢紘一

宮沢紘一は古き良き地方零細企業の社長。代々受け継いできた会社を潰さないために苦悩しています。足袋産業なんていうのは、どう考えても斜陽産業ですよね。

社員数が少なくまだ食えていけるけど、ジリジリと終わりが近づいてきていることを目の当たりにしています。しかし、そこで新事業に挑戦して失敗したら、社員全員を路頭に迷わすことになります。

会社の終わりが見えている。けど社員にリスクをもたせて冒険してもいいのか思い悩む姿を見ていると胃がキリキリします。結局は生き残りをかけて、挑戦するしかないのはわかっていても先延ばしにしたくなりますよね。

特に歴史があって、足袋一筋で生きてきた会社を一気に方向転換させるのは難しいです。先代の時代から勤めている番頭的な立ち位置である富島玄三は一貫して、新規事業への反対します。

『会社を終わらせたくない』その気持ちは共通なのに、出す答えが正反対な二人です。
会社あるあるー。

宮沢大地

ただいま絶賛就職活動中。でも、新卒時代には就活に失敗。
「こばせ屋」で働きながら中途採用の道を探しています。

これがまぁ見事に腐っているわけです。

仕事では手を抜いて社内での反感を買い、うまくいくわけがないと思って就活するからどの面接もうまくいかない。

しかし、その新規事業の立ち上げに携わることで様々な人と出会い成長していきます。

池井戸潤の面白いところは決して、彼を主人公にしないところですね。

いわゆる成長物語が切り口としてわかりやすいんですが、池井戸潤はいつだっておじさんが主役。そして、こういう後輩や学生が成長していく姿を見守る役柄です。

世の中の仕事している人の大半はおじさんですからね。それが多くの人の共感を生んでいるんじゃないでしょうか。

茂木裕人

『こばせ屋』の開発した『陸王』のテストランナーとして選ばれたのが、茂木。彼は才能あるランナーだったが怪我で故障。元々は大手スポーツメーカーのサポートを受けていたが、怪我をしたことによって一方的に切り捨てられる。

最初は、実績のない『こばせ屋』の『陸王』をテストすることに拒否感を持っていたが、パーソナルシューフィッターが大手スポーツメーカーでの方向性の違いによりクビ。『こばせ屋』に転職したことをきっかけに、『こばせ屋』との関係を深めていく。そんな中で、社長である宮沢紘一や従業員たちとの交流を通じて、信頼関係を深めていく。

魅力的な脇役たち

ソールの開発のために宮沢たちが目をつけたのが、飯山の持つ特殊な繊維の特許技術。この飯山が人間臭くて魅力的なんです。

自分が経営していた会社はこの繊維の開発に資金を集中させすぎて倒産。債権者から逃げながら、妻に養ってもらっています。宮沢たちが特許に対して興味を持ったことで、法外な値段をふっかける山師的な印象を受けます。

しかし、宮沢たちの会社を見ているうちにかつての情熱を取り戻し、不器用ながら『こばせ屋』を大きくサポートしていきます。

一度挫折や絶望を感じた飯山の再生の物語も、この作品の大きな軸の一つでもあると思います。

また物語の終盤で登場するキーマン御園。スーパーやり手ビジネスマンです。

悲劇的な事件を乗り越えて、ビジネスを拡張していく姿はまるで物語の主人公のよう。実際に社会でスポットを浴びる・名声を受けるような人ってこんな感じなんでしょうね。

「現実は小説よりも奇なり」と言いますが、実際にこういう背景がある人がいるかもしれないと思わされます。非常にうまく描写されています。

 

池井戸潤の作品論とちょっと怖い面

池井戸潤は現在の勧善懲悪物語の語り部だと思います。

頑張る地元の中小企業。敵はあこぎな銀行や大企業、外資企業。
真面目で真摯な日本の中小企業が自前の技術力を活かして敵を倒す。

そこに人々は爽快感を感じます。

現実で苦労している自分自身を、中小企業に当てはめて感情移入をすることで、日常のストレスを発散するわけです。

そういう物語に人々が喜ぶということはそれだけ日常に疲れているということです。
また様々なテレビ番組で日本の良さをアピールしている姿に重なります。

自分に自信がないから、第三者からの評価を気にする。それを満足させるようなテレビ番組が視聴率を取る。

自分に自信がないから、小説の登場人物に感情移入して、現実のストレスを発散させる。

本の効能としては素晴らしいと思いますが、あまりに単純化されすぎているのが怖いです。

日本・中小企業・老舗=正義
海外・大企業・ベンチャー=敵という非常に受け入れられやすい形を取っています。

だからこそヒットするんでしょうけど、それが大ヒットする世の中ってどうなんでしょうか。現実とゲームを混合することは悪なのに現実と小説を混合することは善なんでしょうか。

池井戸潤の作品は大好きなんですけど、程よい距離感を持ちながらお付き合いしていきたいと思います。